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能年玲奈の小学校・中学校時代について!女優を目指した理由は?

この記事の所要時間: 122

NHK連続テレビ小説「あまちゃん」でヒロインを務めた能年玲奈さん。

そんな能年さんの家族や、小学校時代、中学校時代などの情報を一通りまとめてみました。

田舎に住んでいて、なぜ能年さんが女優を目指すようになったのか?までに興味がある場合は続きをどうぞ!

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能年玲奈のプロフィール

能年玲奈

本名:能年 玲奈(のうねん れな)
生年月日:1993年7月13日(23歳)
出生地:兵庫県神崎郡神河町
身長:162 cm
血液型:A型
趣味:絵を描く事、読書、アニメ鑑賞
特技:ギター演奏

能年さんは、新垣結衣さんに憧れて13歳の時に第10回ニコラモデルオーディションに応募し、グランプリを獲得したのが芸能界入りのキッカケとなったようです。

苗字の「能年(のうねん)」って響きが珍しいと思って軽く調べてみると全国人数およそ30人とのこと。

実際かなり珍しいみたいですね。

能年さんはまだ若年ながら、2014年には初主演した映画「ホットロード」にて第6回TAMA映画賞最優秀新進女優賞を受賞するなど、これからの活躍が大いに期待できる女優さんだと思います。

ちなみに趣味に「絵を描く事」とありますので、絵が上手いんだろうか?と思ったのですが…別にそういう訳でもなく、個性的な感性の持ち主であるようです。

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…絵の巧さ云々は置いといて、何となく絵が好きなんだろうというイメージは伝わってきますね!(ワニの名前はカリントウだそうです)

能年玲奈の過去について

概要はこの辺にしておいて、早速幼少期の能年さんについて見ていきましょう。

能年さんの出身は上にも書いていますが、兵庫県の神崎郡(かんざきぐん・かむさきのこおり)神河町(かみかわちょう)です。

2005年の11月に神崎町と大河内町が合併して誕生した比較的新しい町のようで、能年さんが生まれた時にどちらに住んでたかまではちょっと分かりませんでした。

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ここがどれくらい田舎なのかというと、道路を鹿が横切ることもあり、実家はサルやキツネを見かけることもあるくらいなんだそうです。

この地名なんか聞いたことあるな…と思ったら、「砥峰高原」のススキが有名な場所なんですね。

私も以前1回行った事もありますが、1周1時間くらいのハイキングコースみたいなのを歩いた記憶があります。

関係無いですが眺めは良かったので、興味があれば行ってみると能年さんの住んでた地域のイメージがよく掴めるかもしれません。

家族について

能年玲奈さんは4人家族で、両親と1歳年下の妹がいます。

当時は、父親は土木会社の請負をする鉄筋工で朝早くから働いていて、母親は仕出し弁当工場で夜勤(21時ごろ~深夜2時ごろまで)をしていたそうです。

妹さんとは現在は仲が良いようですが、昔はよく「殴り合いのケンカ」もしていたとか。

テレビで見る天然っぽい雰囲気と「殴り合いのケンカ」ってあまりイメージが一致しませんが、能年さんの場合は

最初はすごく人見知りだけど、いったん心を許したら、相手にとことん甘える

という性格だと本人も言っていましたので、「母親と口げんかをよくしていた」と合わせて、単純に家族に甘えていたのかもしれませんね。

お母さんについては、こんな事も言っています。

「お母さんが、ちょっとズレてる人なんです。今なら、すごく面白いなって思えるんですけど、中学生の頃はイラッとしてしまって(笑)。バカがつくほど人がいいんです。でも、今はこの人が私のお母さんで良かったって思えます。私も、お母さんに似ていて、いろいろと受け継いでいるところがあるんで」

能年さんが「天然」って言われてるのは、実は母親から譲り受けた部分もかなりあるのかもしれませんね!

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小学校時代

能年さんは特技に「ギター演奏」とある通り、中学校や高校ではバンドを結成して音楽活動をしていました。

「何がきっかけでバンドに興味を持ったのか?」を調べてみると、小学校高学年の頃から近所にある公民館に通い始めたのが直接のきっかけになったようです。

当時その公民館は近所の子供達がギターや野球などをして遊ぶ場所となっていたので、能年さんが自然に上の子供達に影響されてギターに興味を持ったのだと思います。

(さすがにその頃に先に野球に興味を持ったとは考えにくいと思います)

能年一家はそれほど裕福な家庭ではなかったらしく、能年さんが「ピアノを習いたい」と言った時には経済的な問題から母親に断られたというエピソードもあります。

(そしてそのピアノの代わりにギターを買ってもらったのではないか、とも言われているようです)

ただ、「衣服」に関しては小さい頃からオシャレな服を買って着させてもらっていたそうで、こうした影響から小学校に入った頃には「モデルになりたい」という気持ちも出てきたとか。

ファッションに興味を持った理由は母親にあったわけですね。

そしてこの「ファッション」については、能年さんは以下のようにも話しています。

「服は好きで、2、3歳ごろから試着するのも嫌がらなくて、ファッションとか華やかなことには、元々興味があったんやろうなと思います」

ピアノは無理だから服を買ってあげた、かどうかまでは分かりませんが、こうした影響で最終的には「女優」まで繋がっていると思うと面白いですね!

その他にも小学生当時は「お笑い芸人」や「イラストレーター」にも興味があったそうで、友人とコントを作った事もあったんだそうです。

中学校時代

能年玲奈

小学校時代に公民館の集いでギターに興味を持って以降、

能年さんは中学に入った頃からギターに夢中になり、友達6人でnaturalという名のバンドを結成。その後、カントリーっぽいロックをやりたくなった能年さんは、naturalを抜け、妹や友だちを集めてz!pperという名のバンドを結成した。

と、中学から本格的にバンド活動を開始した能年さん。

テレビでのぼんやりした感じの印象とは異なり、性格的にかなり行動力のある子供だった事が分かります。

上記の「集めて」という表現から考えると、自分自身がバンドのリーダーとして活動していたのだと思います。(多分)

(バンド名は「ナチュラル」と「ジッパー」でしょうか?)

後にバンドは解散したのだと思いますが、その後小学校の頃からモデルにも興味があった能年さんは新垣結衣さんに憧れて13才の時にファッション雑誌「ニコラ」のモデルオーディションに応募し、見事にグランプリを獲得します。

最初の方にも書きましたが、これが芸能界に入る直接のきっかけになったわけですね。

ちなみに「ニコラ」のオーディションに関しては、実は公式ブログに当時の能年さんによる投稿が残ってたりします。

>能年玲奈公式ブログ:nicolaオーディション

2014年の書き込みと比較すると別人のよう(!)ですが、当時の中学生の能年さんが知り合いに向けて書いたようなものですから、当たり前かもしれません。

当の能年さん自身も、昔の記事については「自分で何を書いているのか分からない」的なコメントを出してますので…。

ついでに貼っておくと、その頃の能年さんの画像は以下の様な感じです。

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能年さんが「女優になりたい」と思い始めたのは、モデルになってからのようです。

当時の演技指導の先生は「滝沢充子」さんですが、能年さんも最初は芝居をすることに興味はなかったそうです。

が、何回も演技のレッスンを見学している内に芝居に対する興味が湧いてきて、レッスンを受ける事に決めたんだとか。

その頃については能年さんはインタビューで、

「女優になりたいと思い、大反対した母親をなんとか説得して、高校入学と同時に兵庫から上京しました。あの頃は、ここから抜け出したい、自分を変えたい、といつも思っていたんです」

と話しています。

経済的にそれほど豊かではなかった家族を助けたい気持ちもあったかもしれませんし、バンドをやったりモデルのオーディションを受けたりしていたのも、

「現状から抜け出して自分を変えたい!」

という彼女の強い気持ちから出て来たものだったのかもしれませんね!

そしてそこから紆余曲折あって(ここでは割愛しますが)現在の女優としての能年玲奈さんが誕生したわけです。

ということで、能年さんの家族と小学校~中学校(女優を志すまで)についてのまとめでした。

それでは!

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